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楽しいリタイア人生をめざして
私は1936年生まれ。東京大空襲で生死の境をさまよい、最貧国並の飢餓の中を、なんとか生き抜きました。物質的には豊かになり、リタイアした現在、自由な時間を楽しみつつも、地球の未来に胸騒ぎを感じています。

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歴史ロマンを求めて・旧中山道・石畳の峠道を歩く

登り口 038
琵琶峠の石畳岐阜県史跡)への登り口
[上の画像にある看板の文章を、そのまま次に転記させて頂きます。]

 中山道は、岐阜県内でも改修や荒廃などにより 江戸時代当時の原型を残すところ
が少なくなっております。 こうした中で、瑞浪市内の釜戸町、おおくて町、日吉町にま
たがる約1,3kmの中山道は、丘陵上の尾根を通っているために開発されず、よく原
型をとどめています。
 特に、この琵琶峠を中心とする約1kmは、八瀬沢一里塚馬頭観音などが現存し
当時の面影を残しています。 昭和45年には 500m以上にわたる石畳も確認され、
峠を開削した時のノミの跡をもつ岩や土留め、側溝なども残されています。 以下省略。

 この道を 9月10日 じっくりと歩いてきました。

石畳 104
ここは山中なのだが、ぬかるむ場所だったそうで、石畳を敷いたということです。

石畳 116
峠の頂上付近は道幅が狭い。当日 岐阜市の気温は32℃だったが ここは涼しかった。

頂上 83
琵琶峠の頂上にある石碑と馬頭観音。 峠の海抜は558m。

一里塚 100
八瀬沢一里塚。 1604年 江戸日本橋を起点として、東海道、中山道などの主要街
道に 旅の便をはかるため、一里毎に塚が築かれました。 瑞浪市内には連続して
4ヶ所の一里塚がほぼ原形のまま残っている。 塚の高さ 5m。 直径 10m程。
(琵琶峠の坂の途中 道の左右に対で現存する。)

おおくて宿 010
琵琶峠石畳道に最も近い宿場町、おおくて宿に今も残る旅籠。

大杉 025
おおくて宿、神明神社の大杉。 県天然記念物。 看板では 推定樹齢 1200年。
幹周 約10m。樹高 60m。(これはやや誇大。 実際は30m程か?)

街道や宿場ができる はるか以前から、この木は人の行動を見てきたわけです。
歴史ロマンは この巨木が象徴いているように思いつつ 帰途につきました。


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ウォーキング   9月12日   13,400歩









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テーマ:心に残る風景 - ジャンル:写真


この記事に対するコメント

私も中山道を歩いています。これからもブログ拝見させていただきます。
【2011/09/15 10:10】 URL | えこさん #-[ 編集]

えこさん

有難うございます。
ご期待にそえると良いのですが。
【2011/09/17 10:58】 URL | ヤンジジ #R4NmWodE[ 編集]


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