楽しいリタイア人生をめざして
私は1936年生まれ。東京大空襲で生死の境をさまよい、最貧国並の飢餓の中を、なんとか生き抜きました。物質的には豊かになり、リタイアした現在、自由な時間を楽しみつつも、地球の未来に胸騒ぎを感じています。

プロフィール

ヤンジジ

Author:ヤンジジ
古希を迎えブログを始めています。
心と体の健康維持のため。
日課のウオーキングで撮った写真を多く使う積もりです。
皆さん見守ってください。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



FC2カウンター



ブログランキングに参加中

よろしければ、一押し願います。

FC2ブログランキング



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


金華山はツブラジイの開花で全山 黄金色

           岐阜金華山の由来、歴史

 毎年5月には、この花で全山が黄金色に染まります。 それが金華山
という名前の基になりました。

20060530203505.jpg

金華山と呼ぶようになったのは、明治時代からのようです。それまで
は稲葉山と言われていました。
現在、麓にある 「伊奈葉神社」 が以前 「因幡権現」 として山頂に祀ら
れていたらしいので、それが由来と考えられます。

20060530204823.jpg
金華山東側、この先2Kほどでヒメコウホネが自生する達目洞に行き着く。撮影 5/11

 以前にも書きましたが、1601年 岐阜城が取り壊された後、徳川幕府はここを要衝の
地と考えたのでしょう。天領として尾張徳川家に管理させ、その御狩場として一般人の
立ち入り、樹木の伐採を禁止。明治時代は御料林、昭和32年から国有林として保護し
てきた歴史があります。その結果、400年以上 人の手が入らない状態が続いてきた
貴重な自然があるのです。
 こんな自然林が、県庁所在地の市街地ど真ん中に残っているなんて、なんと素晴らし
いではありませんか。私はその近くに住むという幸せに恵まれています。

 現在は照葉樹林帯として樹木の最高の状態にあるそうで、国の特別保護、保安地区
に指定されています。私も「金華山サポーターズ」のボランティアとして、多少なりとも、
尽力して行きたいと思っています。

  ツブラジイの花期は5月初め?中旬です

すみません。この記事は以前の金華山シリーズの際、抜けてしまいました。追加です。

       ウオーキング  5月30日  10,600歩

スポンサーサイト

ヒメコウホネが今年も咲きました

    絶滅危ぐ種 ヒメコウホネ が今年も無事咲いていました。

 私のウオーキングフィールド 岐阜金華山 の東山麓 達目洞(だちも
くぼら)に、この貴重な水草が自生しています。
この花の開花を、きのう確認しました。花が見えた時は嬉しかったで
すね。と同時にホットしました。10日ほど前には未だでしたが。(この
開花も今年は少し遅れているようです)
 この水草はレッドデーターブックで絶滅危ぐ?種に指定されている、
現在では大変珍しい植物なのです。
20060529104318.jpg
花の盛期は夏、9月まで見る事ができます。咲き始めで、花はまばら。撮影 5/28

 ヒメコウホネは東海型と関西型と2種あるそうで、関西型の写真を見ると、葉の形が、
かなり違って見えますし、花の大きさも岐阜で見ているものより大きいのだが? 何方
か詳しくお教えください。
 東海型の自生地は私の知る限り、岐阜県に3ヶ所、愛知、三重に各1ヶ所しか残って
いないようです。他地区のようすは知らないが、岐阜市の自生地は、市街地の真っ只
中、エアーポケットのような場所に奇跡的に残っているのです。
これは数百年の間 保護されてきた金華山の自然林の恵と、地元の有志の方々の熱心
な保護活動のお陰と、花を見るたびに感謝しています。
20060529111033.jpg
  虫が2匹いるのが分りますか。水生昆虫も沢山います。花の直径は4cm弱
20060529111418.jpg

 市民の保護活動に触発され、岐阜市でも市の条例で特別保全地区に指定する動きが
出てきたのは(朝日新聞岐阜版5/25)遅まきながら喜ばしいニュースです。

ヒメコウホネ ・・・ スイレン科コウホネ属の多年草
岐阜県の自生地 岐阜市達目洞、御望山麓おもが池、高山市(岐阜以外はHPの情報)
岐阜市の保護団体 [達目洞自然の会] [岐阜まちづくり会]

     ウオーキング  5月28日 13,700歩


春爛漫・マイガーデン

 このブログ タイトル 今年はちょっと、おこがましいかも?
なぜか今春、庭の樹木の成長、花の開花が遅れ気味のようです。
遅ればかりでなく、開花しても何となく生気がない。色が浅く感じられる。
日照不足でしょうか。山を歩いても、そんな感じを受けますが・・・
私は無責任な傍観者で、庭の手入れ、手伝い等、何もしないで勝手な
事をいっている人間ですが。
そういえば、野菜も生育不良で、出荷量が少なく、値段が高いとの報
道ですね。これも温暖化の影響かな? と心配です。

今咲いている花を紹介しましょう。今日、妻から「写真を撮っておいて」
と頼まれたので。
     (ボランティアの話はちょっと中断します。硬い話は疲れましたので)

20060527230426.jpg
   このバラの色が妻も私も一番の好みです。

20060527230707.jpg
   アセチルベ(この花はさまざまな色があるようですね)

20060527231240.jpg

20060527231406.jpg

   昨年の写真です。ちょうど1年前(05年5月28日)撮影。
   今年より咲き具合は良かったようです。
20060527232130.jpg

        5月27日  ウオーキング  7,900歩



ボンドゥ孤児院プロジェクト 3

        ボンドゥとは友達という意味の現地語です

プロローグ 岐阜のある大学で日本語を教えていた現代表者(私の妻)はバングラデッ
  シュの留学生から、「私の国の現状を見て欲しい」という強い希望を聞き、1992年始
  めてこの国の首都ダッカを訪れました。
  空港を出たとたん、伸びてくる凄い数の物乞いの手。中には子供も大勢いました。
  強烈なショックでした。

スタート 帰国するや、親しい友人に現状を訴え、なんとかしたい、出来る事はないだ
  ろうか。と相談を始めました。
  93年から2年間 数回の現地調査と、支援の輪を広げる運動を懸命に続けました。
  1995年ダッカのビルの1階を借り、小規模ながら孤児院の開設に漕ぎつけました。
  14人の子供達とのスタートでした。そして今年で11年を迎える事ができました。
20060526070637.jpg
開設時 朝の散歩に出る孤児院生達。背後に見えるビルの1階が孤児院。

目標 私達の力は微々たるものです。とうてい大勢の孤児たちを救う事は不可能です。
  孤児院では子供達に食を与えるというだけでなく、教育を重視しています。やがて成
  長し、自分達の体験から、周囲の状況を改善していく事を期待しています。
  そしてその輪が広がっていく事を。

支援 このプロジェクトは、子供の養育という息の長い活動です。一人の子供を、5?
  10年間面倒を見なければなりません。それには草の根的な民間の支援が、どうし
  ても必要となります。公的な資金援助制度も幾つかありますが、会計年度で一年づ
  つ区切る為に残念ながら、申請の対象にならないのです。結果として「箱物援助」に
  なってしまっています。
  民間の草の根的支援では、あまりテンションを上げると、すぐ息が切れてしまいます。
  無理のない範囲で、ご支援くださる方が、数多く 出来るだけ長期に参加して頂ける
  事が最も有難いのです。

スタッフ 本部は岐阜にあります。会員は里親、支援会員、学生会員の構成で70人
  程の人数です。現地には「 Bangladesh Bandhu 」の本部があり、メンバーは学校
  の先生と日本留学の経験のある医師です。みな多忙な仕事と掛け持ちで、ボランテ
  ィアを行っています。私はインターネットと会報作り等の広報役で手伝っています。
20060526083021.jpg
   同志社大学ボンドゥ支援グループのメンバーが孤児院を訪問。
   孤児達との交流を深めました。 2006年2月

    ボンドゥ孤児院プロジェクト・ホームページ
      http://www10.ocn.ne.jp/~bandhu


ボランティア活動・ボンドゥ孤児院プロジェクト 2

  バングラデッシュにストリートチルドレンが多いのは ?

要因は次のようなものが挙げられています。
1 自然災害が多い。 度重なるサイクロンと洪水の被害で親が死亡し、孤児となって
   しまう。特に1991年のサイクロンでは14万人の死者が出た。この40年間で70
   万人の死者があったと推定されています。
2 この国は農業国で、人口の3/4が農村に住んでいます。その農民のほとんどが
   日雇い労働者
として作業をしており、地主からもらう報酬では、子沢山の家族を
   満足に養うことが出来ない。栄養、衛生状態が悪く、若死にする親が多いのです。
   また農村地区はほとんど無医村で医者にかかることもできません。
3 女性の人権と職業がほとんどありません。従って、父親が死亡すると、母親だけで
   は子供を養う事ができません。これも原因になります。
4 近年集中豪雨、旱魃が頻発する。加えて最近 井戸水の砒素汚染が発生。中毒
   で働くことが出来なくなる
 貧富の差がますます開いてきた。この国も最近 年率6%前後の経済成長率を維
   持しており、これを見ると悪い数字ではないが、次項(6)も影響し、その成果の
   配分が偏っている。
6 国際援助のかなりの部分が、この国の政府、役人、大企業の懐に消えてしまう。

バングラデッシュは90%がイスラム教徒で、最近までは治安状態は
良く、国際援助は活発です。特に親日感情が強いので、日本からは
政府、民間とも援助のパイプは、他国より多岐にわたり、金額も多い。
 しかし満足できる成果が揚がっているとはとても思えない現状です。

20060524225341.jpg
孤児院も一昨年 10年ぶりの大洪水に見舞われました。 国土の半分以上が水没
したのです。道路も寸断。現地ボランティア(代表理事)も舟で孤児院に駆けつける。

20060524230712.jpg
孤児院の屋上から、周囲を見た水浸しのようす。
孤児院は用心してやや高く建設。被害は周囲の施設のみにとどまった。

20060524231827.jpg
バングラデッシュ国旗  赤い円は太陽、地の緑色は豊かな大地を表す。
赤は独立戦争で流した血も表しているとも聞く。
日本の国旗をモデルにしたとも。親日感が感じられる。

     24日 ウオーキング  8,600歩


ボランティア活動・ボンドゥ孤児院プロジェクト 1

    バングラデッシュにはストリートチィルドレンが25万人もいるのです

 今回から 私がリタイア後 ボランティアをしているボンドゥ孤児院プロジェクトに触れて
みたいと思います。
首都ダッカには、25万人ともいわれるストリートチィルドレンが、住む家も無く、食べ物を
求めてさまよっています。(注、国連推定値?20万人 バングラデッシュ政府発表?30
万人)

 海外旅行で空港を出たとたん、物売り、物乞いに囲まれ、困惑した経験をお持ちの方
もおいでと思います。ダッカは特にひどいと有名でした。最近この国も、中心部や空港な
ど外国人の目に触れる場所からこの人達は排除され、以前に比べると、状況が改善さ
れたように見えますが、実状は裏街に押しやられ、孤児達はスラムにさえ住めないとい
う最悪の状態に陥りつつあるようです。
スラムは生活困窮者の家族と大人で一杯でなのです。ダッカの人口 約1,000万人の
内、1/3がスラムに住んでおり、益々数が増えているという現状です。だから身寄りの
無い孤児たちはスラムにすら住めないのです。路上しか場所がないのです。

 では、何故こんなに多数のストリートチルドレンが居るのでしょうか?
これについては、次回に詳しく書きたいと思います。
 私達はごく普通の市民ですが、なんとかこの子供達を救済、教育し、将来のバングラ
デッシュ発展に貢献できる人材を育てたいと、念願し 活動しています。
活動のきっかけは、日本に留学していたバングラデッシュの若者たちの強い意欲に共感
した所から始まりました。
この組織に参加しているメンバーは、日本人、現地バングラデッシュ人とも、全員無給の
ボランティアで、専任職員は1人も居ません。(続きは次回に)

  ボンドゥ孤児院プロジェクト・ホームページ
   http://www10.ocn.ne.jp/~bandhu

20060523075023.jpg
路上で野菜売り 明るい笑顔が可愛らしい。この子達の事情は不明だが、学校へ
は行っていないだろう。  栄養不足と不衛生で、行き倒れになる子供が多い。

    ウオーキング ・ 5月21日 12,000歩  22日 6,800歩


「なにわいばら」 我が家 自慢の花です

 妻が丹精込めた 「ナニワイバラ」 が今年も咲きました。例年より開花
が10日も遅れたのでちょっと心配しましたが。

20060520201634.jpg  20060520202002.jpg

花の直径は6?7cm 原産地は中国中南部、台湾にも分布。蔓バラでかなり大きく
成長します。日当りの良い場所を好みます。  学名 Rosa Laevigata

高さが3?4m 幅5?6mにも成長します。(これは残念ながら、先年
枯れましたが) 育てるにはアーチや塀などに這わせるのがよいで
しょう。
これらは十数年前、知人から頂いて挿し木し、根着いたものです。

 私も植物が好きですが、庭の手伝いは殆どしません。必要な物を頼
まれて買ってくるだけです。土いじりが好きな妻が、コツコツと数十年
前から手掛けてきた庭ですから、テイストの違う者が、なまじ手を出さ
ない方が良いと思っています。プライドの強い者同士ですので。

でも花の好みは似ているので助かります。おおむね山野草など小ぶ
りな花、色は白 ブルー系統が互いに好みです。

20060520212028.jpg
  例年はゴールデンウイークが見頃です。桜と同様ピークは5日間ほど。 

20060520213241.jpg
  隣家の駐車場から塀越しで撮影。手前の草花はお隣の植え込み。 5/8撮影

     5月20日  ウオーキング歩数 10,200歩


ウオーキングのお友達 ? 万歩計

 ウオーキングを始めて今年で4年目、最近までは、その日の気分と
体調で適当に歩いていました。1週に4?5日、1日平均2時間位。
15?20分 休憩するので、距離は平均6キロ程でしょうか? 金華山に
昇る時も、往き返りで、2時間は掛ります。登山道の標識距離と自宅ま
での距離で、往復5キロ位でしょうか。歩数については全く無頓着でした。

 最近になって、万歩計(歩数計?売り場の表示)を面白半分に使って
います。ホームセンターに行った時、偶然売り場を通って、あまりの安さに、衝動買いをしました。その日が4月1日。値段はエイプリルフールの
冗談? なんと 800円。売場には¥600?3,980で7?8種類が並んで
いました。

 20年程前、運動不足の解消に少し散歩でもしようかと、万歩計を見に
行ったことがあります。確か 4?5千円位だったと思う。結局歩く余裕が
無く、買いませんでしたが。
あまり安いので不安もあったが、小型で腰のベルトに付け易いので、
マア良いかとこれを買いました。しかも時計機能、距離、カロリー計と
電池付き、1年保証書あり、なのです。(勿論 MADE IN CHINAですが)

 使い始め、テストのつもりで数をかぞえながら、千歩づつ3回試してみ
ました。数値がピッタリです。感心しました。 数日前、いつものコースか
ら帰ってみると、通常の数値の2/3でした。もう壊れたか。やっぱり値段
そうろうだ、しょうがない。と思いました。
念のため、使用説明書を読んだところ 「感度調整ボタンの使い方」 が
書かれていました。どうやらこれでOKのようです。恐れ入りました。

  最近の歩数 
   5月10日? 9,300歩  5月11日?4,500歩  5月12日?4,400歩
   5月15日?12,600歩  5月17日?7,400歩  5月18日?5,600??


金華山の環境問題

ご多分にもれず、この山の環境 自然保護に関して、近年多くの問題が発生しています。
私は唯の市民ですが、この問題に触れずには居られません。

樹木の枯死 近年ヒノキの立ち枯れが目立ってきた。市街地からも良く見えるので、
 多くの市民が心配している。
 私は酸性雨が原因かと思っていたが、専門家の方にお聞きすると、「金華山は非常に
 硬い水成岩が隆起した急峻な山で、大雨になるとせっかくの腐葉土が流され、渇水の
 時は保水力の無さから、植物は水不足になる。そのために枯れたのだ」 とお聞きした。
 確かに最近 気象が極端に振れるようだ。地球温暖化の影響でしょうか。
 ここの森は自然林として、数百年維持されてきたので、周辺住民、登山者に被害が出
 ない限り、自然の状態で、放置されています。
20060518055207.jpg
今は 周りの木々の葉の茂りが濃くなったので、立ち枯れが目立たないが。 5/15撮影

植物の違法採取 ガーデニング ブームも影響しているのでしょうか。軽い気持で採って
 いく人を時々見かける。国有林なので違法なのだが、ボランティアの立場ではあまり
 ハッキリと注意し難い。
 山麓には 絶滅危ぐ種のヒメコウホネの自生地があるのだが、やはり採取の防止に
 苦労しているようです。
登山道周囲の自然破壊 道をはずれて森に入る、ショートカットして道の無い斜面を昇
 り降りする、こんな事例が増えています。その結果植物を傷め、山肌が露出し、斜面
 が崩れる。  (下の写真は最近通行を遮断した近道)
20060518070529.jpg

防火用水桶を壊す 山中に数十箇所 設置してありますが、鋭利な刃物で穴を開ける。
 (すぐには判らないよう裏側から) 非常に悪質ないたずらだ。
大型ゴミの投棄 この山には登山道以外にも金華山ドライブウエイがあります。
 岐阜公園と岩戸公園を結び、南斜面を中腹まで昇ります。ハイキングにも好適です。
 この斜面にしばしば大型ゴミが投げ捨てられます。撤去には多額の経費が掛ります。
 なお 車では頂上に行けません。

登山人口が増えるのは嬉しいのですが、マナーを心得ない人が増えています。
 他にも色々問題が有りますが、今日はこの位で。ただ、このまま放置は出来ません。
皆で環境問題をもっと考え、解決の方法を見出さないと、美しい自然も、快適な生活も
失う可能性が高いと憂慮しています。


岐阜 金華山ウオーキングガイド 3

    変化に富んだトレッキングコース ・前回 ご紹介以外の道を説明します。

東坂ハイキングコース 前半の登りは道幅も広く、ノンビリと歩ける。名前はハイキング
 コースだが、後半は結構キツイ岩場があり、足元の注意が必要。しかしここから眺める
 岐阜城下 南側の絶壁は凄い。この山で私の一番好きなビューポイントです。
 岩場の登りがイヤな人は岩場の途中から左側(西側)に脇道もある。
 この道は途中、枝分れが多いので、標識(的確です)に従って進んでください。
 この登山口には50台程の無料駐車場(岩戸公園の奥隣)があるので、土地勘のある
 人には人気がある。名古屋ナンバーの車もチラホラ。ただ非常に探しにくい。
 頂上までの所要時間、約45分
20060516070523.jpg

20060516070830.jpg
 7合目 岩場の登山道。慣れた人はスイスイと登る。

20060516071106.jpg
東坂 岩場からの俯瞰 見えている道路を進むと郡上八幡に至る


鼻高ハイキングコース 金華山の東側から西に向かい、長良川に平行した尾根を
 縦走する道です。距離はあるが眺望に優れ、変化に富んだ、面白いコースです。
 ただし この道に入るには、大釜登山道または大参道ハイキングコースを経由する必要
 があるため、地元のベテランの同行がないと迷いかねません。近道があったのですが、
 数年前 山荒れのため閉鎖されました。
20060516074118.jpg
 尾根道から長良川を望む

20060516074540.jpg
 このコースにはハシゴが3ヵ所 設けられている


唐釜ハイキングコース 実は私の一番好きな道はここなのです。
 七曲り登山道の途中から、東坂ハイキングコースの4合目を結んでいます。金華山南
 の中腹を少しアップダウンしながら、森林と展望が繰り返されます。専門的な事は分か
 りませんが、樹木の種類も鳥の鳴き声も、この山で一番多いような気がします。南斜面
 なので、冬にも北、西風が避けられ、夏は涼しく、とても気持の良い道です。案外地元
 の人も知らないらしく、人の気配もまばらです。
 私は七曲りを途中まで登り、唐釜ハイキングコースを経由し、東坂を登って頂上に。
 降りはめい想の小道を利用する、という日が多いのです。登山口もアクセスの便利な
 岐阜公園側ですし、私の一押しコースです。標識もしっかり出ています。
 この行程の全所要時間は、頂上で30分程の休憩を取って、2時間くらいです。
20060516082754.jpg

20060516082923.jpg
 七曲りから、唐釜ハイキングコースに入る標識

20060516083330.jpg
 唐釜コースと東坂コースの交差点


岐阜 金華山ウオーキングガイド 2

        私が楽しんでいる風光を、皆さんにもお目にかけます。

七曲り登山道
  家族ずれ向き。頂上まで約40分。岐阜公園正面入り口を、金華山を
  正面にして右に進む。公園を通り過ぎて約200mが登山道入り口。道は良く整備され
  ている。脇道が幾つかあるが、標識通りに広い本道を進む。ツブラジイ、アラカシ等の
  常緑広葉樹が多く、特に朝は鳥の鳴き声が多く聞こえる気持の良いプロムナードです
20060514140614.jpg


百曲り登山道  やや健脚向き。頂上まで約35分。公園入り口の正面を右に。公園か
  ら道路に出た所が登山口。やや急な小道を、ジグザグに蛇行しながら登る道。
  樹木の茂りで見晴らしはあまり良くない。支道があるがすぐ合流するので迷う心配
  なし。頂上までの距離は一番短いと思う。
20060514142753.jpg


めい想の小道  家族ずれ向き。頂上まで約45分。私の大好きな道です。
  公園内の遊園地山側、ロープウエイの裏と2箇所登山入り口がある。のぼり始めて5
  分、馬の背登山道との分岐点がある。標識通り左側に進む。その後は一本道で迷う
  事はない。林間、谷、尾根道と変化に富み、所々眼下の長良川と素晴らしい展望が
  開ける。一箇所急な岩場があるが、ゆっくりと昇り降りすれば問題なし。ここの眺めは
  特に良い。一休みしましょう。薬用植物で、この山に群生することで知られている
  ”ヒトツバ”が頂上近くに沢山あります。(説明の看板あり)
  国有林なので採取禁止です。
20060514151016.jpg
    三つ葉ツツジ 今年は開花が5?7日遅れたようです。2006,4,16 夕刻 撮影

20060514151735.jpg
   ヒトツバ群生地

馬の背登山道 公園内の登山口は、めい想の小道 と同じ。頂上まで約40分。
  標識に従い分岐点を右に進む。「児童、老人は無理」と警告が出ている。そこから一気
  に急坂。深い森林の中、岩と木の根をよじ登る。一本道です。
  最近ここは山荒れが目立つので、閉鎖の話も出ています。
20060514155257.jpg
   これが馬の背登山道、昼なお暗いです。 6,5,12撮影

20060514155630.jpg
   分岐点の案内看板

次回は他の登山道を紹介します。


岐阜 金華山ウオーキング・ガイド 1

           私が愛するトレッキングコースをご紹介します。

 金華山は(標高 海抜329m 稲葉山とも呼ばれる)織田信長、斉藤道三の城があった事で有名ですね。この城は徳川幕府が加納城(岐阜市の南部、旧中仙道 加納宿沿い)を再建した時(1601年)取り壊されました。
 現在は観光用に作られたコンクリート城で、最上階からの展望は素晴らしいものがあります。360度の視界は東海地区で、富士山に次ぐものでしょう。大気が澄んでいれば、濃尾平野の大半、伊吹山、養老山系が一望でき、状況次第で木曾駒ケ岳、南北アルプスまで見える事があります。

 この山は尾張藩のお留め山として一般の立入、木の伐採を禁じ、明治からは御料林として、昭和32年から国有林としても保護されてきたため、比較的 自然が保たれています。 市街地のど真ん中に、こんな山があるのは、日本中で岐阜市だけだと思いますし、これが市民の誇りとなっています。

 麓の岐阜公園からはロープウエイがあるので誰でも山頂に行く事ができます。
登山道は主なもので6道ありますが、市外からでは、その内の4道の利用が便利と思います。(アクセスの容易さで)
 ・七曲り登山道 メイン登山道です。半分が石段の登りです。昔は馬で9合目まで
   登れた。頂上まで徒歩40分ほど。
 ・百曲り登山道 つづれ折れの道。ほぼロープウエイの下を登る。距離は短いが、
   やや急坂。徒歩35分ほど。
 ・めい想の小道 長良川沿いに登る道。展望が一番良い。一部岩場があるが注意
   すれば問題なし。徒歩45分ほど。
 ・馬の背登山道 ”めい想の小道”の西側の尾根を一直線に登る。岩と木の根をよじ
   登る感じ。健脚向き。徒歩40分ほど。
登山口はいずれも岐阜公園。所要時間は私のゆっくりペースです。
 交通 名鉄岐阜駅 → 「岐阜公園・歴史博物館前」下車 所要時間約15分
     岐阜バス利用

20060512105543.jpg

20060512105811.jpg
私の孫。4歳3ヶ月で頂上まで初登頂。往復 歩き通しました。
頂上近くのリス園で遊ぶのが大好き。

20060512110901.jpg
岐阜公園正面入り口の案内地図 お出での時は参考にしてください。

20060512111228.jpg

20060512111459.jpg
登山道入り口の案内板、園内に数ヶ所あり。茶店でも教えてくれます。


ボランティア団体 「金華山サポーターズ」 に参加

 私が金華山を歩き始めて約2年後、山の保全と登山愛好者の連帯を目的としたボランティア募集の呼掛けがありました。以前から関っている
孤児院ボランティアと掛持ちにはなるが、金華山を歩き、健康の回復がはかれた感謝の気持から、加入する事にしました。

 現実は会費を納めているだけの”名前だけ会員”に近い状態ですが。
もともと日課にしているウオーキングのついでに、ゴミ拾い、道案内ぐらいは行っていたので、「まあ、いいか」 と自己納得しています。
 その2006年度総会と懇親会が4月29日に開催された。金華山も近年の天候不順、登山者のマナー等が原因で、樹木、登山道の荒廃が発生。この対策について活発な意見交換が行われました。

近隣にお住まいの皆様、よろしければ、この会に是非ご参加ください。
お問合わせ 金華山サポーターズ事務局 電話 058?263?7180

 次回は登山のご案内をしたいと思っています。

20060510142211.jpg
岐阜公園の桜と金華山(06,4,9撮影) 頂上の城はチョット霞んでいる。

20060510142947.jpg 20060510143228.jpg
(左) 金華山サポーターズ会員バッジ  (右)総会風景

20060510145056.jpg
会報紙タイトル A4版4ページ


トルコ旅行記 5 街の賑わい

 私が旅行した2004年にもテロ騒ぎがありました。
外務省のOKが出てすぐの出発でしたが、現地の街は何事もないように賑っていました。出合った人々は皆、明るい表情と活気に溢れていて、こちらは拍子抜けでした。
 12日間フルスロットルの旅行でしたが、充実した毎日でした。トルコにはスケジュールを自分で作り、じっくりと再訪問したいと思っています。

20060508082841.jpg
メブラナ博物館前にて。 ちょうど この日は祭日 「アタチェルク記念日?トルコの英雄アタチェルクが1919年、独立戦争を始めた」人出が多かった。
ここはイスラム教の一派 「メブラナ教団」 発祥の地。この博物館のあるコンヤ市は11?12世紀にセルジュク・トルコの首都であった。

20060508083809.jpg
イースタンブールのレストラン街。シーフード店が多い。新旧市街地の境に位置する。

20060508085419.jpg
この街でウエディングドレス姿の一組を見かけた。99%がムスリムのトルコではチョット奇異な感じ。しかし周囲の人もまったく無関心。ごく当たり前の事なのだろうか?
 
20060508090329.jpg
一夜ナイトクラブで遊びました。ベリーダンスも当然のごとくでしたが、民族舞踊団の踊りと音楽が興味深かった。素朴な明るさと共に、東西文化の交錯する地らしく中央アジア、
ジプシー、コサック等の臭いも感じられ、それらが見事に調和しており楽しいものでした。


トルコ旅行記 4 トルコブルー

 トルコブルー、皆さんお好きでしょうか?

現地で直接目にすると、一段と爽やかで奥深く感じられました。これは言葉より写真でお見せした方が分かりやすいですよね。

20060506092209.jpg
トプカプ宮殿 内庭の一隅。ここはオスマントルコの宮廷。創建は15世紀。現在は博物館として一般公開中。周辺と共に歴史地区として世界遺産に登録されている。

20060506093233.jpg
ブルーモスク(正式名 スルタン・アフメット・ジャミイ)
ジャミイとは聖堂の事。17世紀初めアフメット1世により建造された。ミナレット(塔)が6本も建っているのは珍しいのだそうだ。ミナレットは礼拝の時刻を周辺住民に知らせる(アザーンという)時、遠くまで聞こえるように作られた塔です。ここも歴史地区として世界遺産です。

20060506094642.jpg
ブルーモスク内部。 21,000枚のブルーのイズミック・タイルが使用されている。あまりの巨大さと暗さで、内部の全容を映し出すのはかなり難しい。特にこの見事なブルーの色を肉眼で見えているように表現するのに苦労した。
特別に許可を得(日本人だからOKが出たようだ)イスラム教徒しか入れない場所から、スローシャッターで撮影。


トルコ旅行記 3 カッパドキア

 カッパドキアはこの旅行で一番楽しみにしていた場所でした。
ここは世界遺産の中でも数少ない文化遺産と自然遺産の複合遺産だそうです。世界でここだけしか見られない奇妙な岩山が連なっています。
この地に4世紀ごろから、1500年にわたり(1950年頃まで) 多いときは、数万人の人たちが住んで居たという事を知って以来、何時か必ずこの目で見たいと思い続けて居ました。

 この岩山の下に、深さ数百メートルの地下都市が掘り巡らされ、キリスト教徒がイスラムの圧迫を耐え忍んで居たのだそうです。
通常は地上の洞穴に住み、攻撃された時に、この地下都市に籠って防御した。かなり長期間の籠城が可能な設備が作られていました。家畜小屋やぶどう酒の醸造施設までありました。大変興味深く、幸いじっくりと見学できました。

 それにしても 元は同じキリスト教から派生したイスラム教との宗教間の相克は、永遠の課題なのだろうか。宗教というものは人の心を安らかにし、争いを軽減するために存在意義があるのではないだろうか。
ここカッパドキアに立った時、またもや この問題が頭から離れなくなってしまいました。


20060503190529.jpg
岩山のあちこちに洞穴が見えます。この中が住居だったそうです。

20060503191041.jpg
この岩はカッパドキア紹介でよく目にします。
帽子のように乗っている奇妙な岩は、風雨の浸食でこのような状態になったのだそうです。
名前はメモし忘れたが、遠く 雪に輝く高山は、アララト山に次ぐ4000m級。

20060503191757.jpg
夕刻 ピンクに輝く石灰岩の岩山群。この光景も有名だ。
幾万年もの侵食によってこのような地形が形成されたことが良くわかる。

20060503193019.jpg
洞窟には、今でも少数の家族が住んでいる。
多少 観光化されているが、素朴さは失われていない。記念に一枚。


トルコ旅行記 2 ”遺跡 遺物”

 前回の記事と順序が逆になりましたが、この国について、一言。
トルコはDC2000年代の遺跡が存在するという古い歴史があり、ローマ時代、ローマの首都が、コンスタンチノーブルとしてこの地に遷都され、330 年キリスト教を公認し、後にローマ帝国が分裂すると、東ローマ帝国の都となり、以来1100年に亘って繁栄した。
1453年にオスマントルコに占領され、イスラム世界になり、永く世界の強国となった。まさに 世界史の中心地と言える地域です。

 地理的にもボスボラス海峡を挟み、アジアとヨーロッパにまたがって国土を有しており、文化、宗教、人種、地理など非常に多様性に富んだ、大変興味深い国です。
とても12日の旅行では、その一端すら把握は難しいと痛感しました。

 トルコといえば遺跡に触れねばなりませんね。それを見る為に旅行をしたのですから。
訪れた場所はいずれも超有名な所で、名前は殆ど聞いたことがあった。
しかし 何となくギリシャやローマにあるものだと思い込んでいた所が多い。それがトルコに存在しているとは! 自分の無知さを知ると共に、大変な驚きだった。しかも路傍のあちこちに、由緒ありげな遺物がゴロゴロ転がっている。これにも驚いた。日本では絶対考えられない。
調査が進めば、まだまだ大発見があるのは確実だろう。
底知れないこの国の歴史を思い、ビックリの連続だった。

20060501203701.jpg
エフェス(エフェソス)考古学博物館 展示品 軍事上の史実を記念したレリーフ。
メモを忘れ詳細は不明。お解かりの方お教えください。

akuroporisu.jpg
アクロポリス遺跡。  ここにも貴重そうな遺物がゴロゴロ。この地域一帯(ベルガモン)は
世界遺産。ここで発掘された世界的に貴重な遺物は殆どドイツに待ち去られたそうだ。
20060501214053.jpg
エーゲ海最大の遺跡エフェソス(エフィス)にあるセリシウス図書館。紀元117年建造
当時の世界3大図書館との事。ここは世界遺産にあらず。おかしいな?

20060501215359.jpg
エフェソスの劇場。25,000人収容できたそうだ。観客席の石段は一部新しい物で修復されている。現在もコンサートが行われているそうだ。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。