楽しいリタイア人生をめざして
私は1936年生まれ。東京大空襲で生死の境をさまよい、最貧国並の飢餓の中を、なんとか生き抜きました。物質的には豊かになり、リタイアした現在、自由な時間を楽しみつつも、地球の未来に胸騒ぎを感じています。

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ヤンジジ

Author:ヤンジジ
古希を迎えブログを始めています。
心と体の健康維持のため。
日課のウオーキングで撮った写真を多く使う積もりです。
皆さん見守ってください。



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トルコ旅行記 1 ”親日的な人々”

 2004年5月x日 早朝イースタンブールに到着。私には 初めての海外観光だ。総勢20余名のツアーメンバーはチャーターバスで市内に。
車窓から眺めていると、旅行ガイドやテレビでお馴染みのモスクの尖塔が、あちこちに。胸がワクワク。

 さてと、このブログは記録よりも印象記という感じで進めるつもりです。
この国に入ってすぐ、強烈なインパクトを受けたのは、トルコの人たちの、こちらが戸惑うほどの親日感情でした。本当にビックリ。これは嬉しいショックでした。
現役の頃、海外ビジネスで 厳しい交渉の過程でも、お互い 人間的親しみが浮かんだ事はありますが、このような底抜けの好意を感じた経験はありませんでした。
 大人も、子供も、女子大生までも(私のような冴えないオジンにまで)笑顔いっぱいで、話しかけて来るのです。観光客向けのテクニックではないのです。トルコに行かれたら、是非 若者と接触してみてください。
若い人は皆、学校で英語を習っています。単語の羅列で話はほとんど通じます。彼らも英語は外国語。あまり上手ではありません。むしろ こちらが下手な方が親しみが増すと思います。少しでも意思が通じると楽しいですよ。

 こんな経験は他の国では、めったにできません。外国に旅行するなら、トルコには絶対行くべきです。
この親日感は何が要因か。色々あるようですが、私は一つしか知りませんでした。この親日感を喚起するある出来事が教科書に載っているのだそうです。ネット上に出ていますのでここでは省略。観光については次回に。

 写真を大きく表示するのに苦労しました(画像が崩れてしまうのです)3日掛りました。

20060430133729.jpg
イースタンブールの中学1年生。「Japanese?」と話かけて来た。記念写真を撮らしてもらう。
この笑顔を見て下さい。

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コンヤ市のカラタイ神学校で、案内役を買って出た地元の女子大生と。この街はトルコ有数の
学園都市だそうだ。

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現地観光客と我がメンバーの交歓風景。ちょうど休日で賑わうトプカプ宮殿前で。

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待望の海外旅行

 リタイア後の最大目標だった健康の回復、そしてパソコンの習得とボランティア・プロジェクトのHPの作製を、ヨタヨタながらなんとかクリアーし、少し落ち着いた状態になると、むしょうに海外旅行に行きたくなりました。
 海外へは 現役中何十回と出張したが、観光とは全く無縁だった。仕事を終え、ホテルのバーでナイトキャップがせいぜい。
途中で出会う楽しそうな観光旅行ご一行様を、いつも羨ましく眺めていたものだった。いつかは俺も!
殆ど単身出張、スケジュールも自分で調整していたので、添乗員付きの気楽そうなツアー旅行が、楽しいだろうな、と何時も思っていた。

妻は過去2回重病に罹り、残念ながら現在 飛行機に乗れない身。元気な頃は一人で度々海外に出かけていたので 「貴方は自由に一人で遊びに行っていいわ」 とかねてから言ってくれている。

 さて どこへ行こう。真っ先に頭に浮かんだのは、トルコ・カッパドキアの奇景でした。早速 大手旅行代理店を数件ハシゴした。各社とも、似たプランだったが、旅程中に最も多く世界遺産を訪れる 「12日間トルコ満喫の旅」 を選んだ。
驚いたのはその値段だ。AIR、現地交通費、ホテル(一人部屋使用) 大半の食事代、全部で20万円チョット。
仕事の出張の際は、経費節約に努めていたが、南ヨーロッパ行きは、その3倍必要だった。観光業の厳しさを思うと共に、その努力に敬意を感じました。 次回からトルコ旅行記を書くつもりです。


20060426205831.jpg 


  有名なカッパドキアで
   はいポーズ 04年5月


ホームページ作製をめざす

 パソコンで孤児院プロジェクトのボランティア参加を! と思い立った最大の目的は、この活動を紹介するホームページを作り、公開して、より発展的な運営を目指したかったからです。そこでホームページ作製の手引きを探しました。HTML入門書も買いましたが、結論として、ホームページ作製ソフトを使用するのが手っ取り早いと思いました。ところがWindows96に適合するソフトは売っていないのです。新しいWindows2000以後に適合するものは沢山ありましたが。
 弱り目に祟り目か、その頃 パソコンが頻繁に動かなくなりました。フリーズというらしい事もその時 初めて知りました。同時期、NHK・TVで 「中高年のためのパソコン講座」 の放映が始まったのです。むずかるパソコンを騙し騙し、この番組で勉強を進めました。そして知識も多少深まった末の結果として、新しいパソコンの購入を決意しました。

 さすがに新しいパソコンは快適に動きました。新機器にようやく慣れた頃、加入しているプロバイダーから無料の 「ホームページ作製簡易ソフト」 の案内がありました。渡りに船とはこの事です。飛びつきました。
”簡易”とはいうものの、私には荷が重く、四苦八苦。約2ヶ月かかって何とか拙いホームページを作り上げました。
パソコンの勉強スタートから13ヶ月目の事でした。
「お父さん、その年でホームページを作ったなんて 凄いじゃない」 と子供達から初めて言われた時はとても嬉しかったが、公開後 3ヶ月目から質問や励ましのメールが届くようになり、次いでボランティア会員加入の申し込みがありました。
この時の感謝の気持と感激は一生忘れられないものになりました。
あらためてお礼を申し上げます。


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 ホームページ
 (右) 2003年10月版
  (左)2005年11月改訂



パソコンの独学で悪戦苦闘

 初めから好んで独学を選んだわけではありません。
寄贈されたパソコンが到着すると、早速パソコン教室を5軒 当ってみた。しかし何所も WindowsXP を使った指導ばかり。頂いた物は Windows 96 搭載で、これを基とした教習はどこもやっていなかった。IT の進歩が早く、基本ソフトがもう4世代目となっていたのでした。
仕方なく「96」をベースにした入門書、指導書を書店、図書館で探したが、見つからない。大手書店から出版元を探してもらい、在庫3種類をようやく手に入れ、独学が始まった。
 チンプンカンプン。とにかく物凄く難しい。パソコン用語が分らないのでまったく理解が進まなかった。
それでも毎日1?2時間ほど、解説書と首っ引きで操作にトライ。試行錯誤の末 4ヶ月ほどで、なんとかワード、メールの初歩が出来るようになりました。早速海外に住んでいる娘に初メール。無事 通信できた時の嬉しさは、今でも忘れられません。


パソコンでボランティアに参加を決意

 ウオーキング効果で体調がほぼ回復したのは、退職して半年後でした。
ちょうどその頃、 妻と友人達が10年来 運営してきた南アジア某国における孤児院運営のボランティア・プロジェクトに対して(社)朝日厚生文化事業団から中古パソコンの寄贈がありました。ご好意有難うございました。
 メンバー中にはパソコン熟練者も居られるのだが、本来の仕事で忙しい方ばかり。折角のパソコンも宝の持ち腐れとなりそうになった。見かねて、私が担当しようかと一念発起 志願しました。
在職中はパソコンからの資料、データーを毎日見ていたのだが、操作は一切経験がなかった。しかしその使い道と便利さは一応理解していたので、何とかなるだろうと思ったが、これが大甘の考えでした。
パソコン習得の悪戦苦闘記は後日に

20060422211852.jpg

孤児院の子供たち(1955年開設時)


ウオーキングの効果

 ウオーキングを始めた効果として、身体の痛みが消えると共に、ウエストがどんどん細くなって来た。半年で約5cm減。試しに体重を量る。なんと6kg減。元来肥満体質ではなかったが、それでも37才時の肥満率 -9のヤセ体型が、65才退職時には+1,1 にまで肥っていたのだ。その結果、体の動きがとても軽くなりました。
同時に血圧も下がって来た。10年前には170だったが、薬を飲み始めて150前後には改善したものの、その数値で長年停滞していた。それが約半年で140以下に。そしてその後も130台で安定している。
 私の主要コース 金華山は岐阜市の街中にあり、山の大半が国有林で自然林です。江戸時代には尾張藩の 「お留め山」 として伐採が禁じられていた為、樹木の保全状態が比較的良く、景観も素晴らしい。
ここを歩けば森林浴が満喫できる。マイナスイオン効果か、心身とも大変心地よい感覚に浸れます。
ゴロ寝、マッサージ、フィットネスクラブ等より疲れが取れ、身体に優しいと私は実感しています。
なお、金華山ハイキングについて他日詳しく書かせていただきます。

人気の登山道 「瞑想の小道」
休日は家族ずれで賑わう
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歩く ? ウオーキング

 在職中、運動不足はわかっていたが、疲れと体中の痛みで、動く事が苦痛でたまらなかった。時間の余裕も無かったし、休日は心身を休める事ばかりを考えていた。
定年退職日からは全く動けず、ゴロ寝ばかりの半月を過ごした。やがて頭と目の痛みが少しずつ薄れてきた。次第に体を動かす意欲が湧き出し、近くの公園などを歩き始めた。始めは一日20分ほどの散歩から。
すると体が多少軽く感じられるではないか。これは良いぞ! 出来れば毎日歩いてみよう。
それからしばらくは体調を計りながら、少しずつ距離を延ばしていった。次第に体中のコリと痛みが薄紙を剥ぐように取れてくる。すっかり嬉しくなってしまった。こんな悦びは久しぶりだ。
 高校時代には友人と山歩きの真似事 (ワンダーフォーゲル、トレッキングなどの言葉もなかった時代) をしていた私。本来歩く事は嫌いじゃない。
幸運にも家の近くに金華山 (海抜329m 岐阜城が山頂に) がある。次はあれを目指そう。しかし登り始めると膝はガクガク、息は すぐ揚がってしまう。八ヶ岳連峰、尾瀬 至仏山などを歩き周ったこともあるのに、体力の衰えに愕然となる・・・ あせるな。今は出来るだけでいいじゃないか、と毎日少しずつ高度を上げていった。
5ヶ月ほど経つとあれほど悩み苦しんだ、コリと痛みが殆ど消えてしまったではないか。


20060419200431.jpg

金華山と麓の公園 06,4,9 撮影

テーマ:楽しく生きる - ジャンル:ライフ


リタイア生活スタート

ブログにトライします。皆さんよろしくお願いします。

 リタイア後4年が経ち、40数年に亘る会社生活の習慣もすっかり抜け落ちた今日この頃です。
退職前の10数年間経験した、痛い,辛い感覚が今はウソのように無くなりました。世界中の八百万の神々に「有難う御座いました」と何万回も言いたいほど、感謝感激しています。
 50歳代の始め頃から、首、肩のコリが激しく、次第に背中、腰にも広がり、コリの痛みは時に激痛に近く、約15年間 医者、整体などに、仕事の合間を縫ってどれだけ通った事か。しかしストレスだ、と言われるだけで原因は分からず、治療効果も殆ど無かった。定年を迎えた日のホットした気持は言葉に表せません。
だけどこのまま先細りで朽ち果てるなんてイヤだ、堪らない。これから人生を楽しみたいとの思いが激しかった。
とにかく、健康を取り戻す事が先決だ。全てはそれからだ。
 約半月間 ゴロ寝で過ごした後、凝り固まった体をほぐすつもりで、少しずつ歩き始めました。これがリタイア人生の第一歩でした。


sanponiti.jpg

散歩道の一つです。桜が満開 06,4,6撮影

テーマ:楽しく生きる - ジャンル:ライフ




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