楽しいリタイア人生をめざして
私は1936年生まれ。東京大空襲で生死の境をさまよい、最貧国並の飢餓の中を、なんとか生き抜きました。物質的には豊かになり、リタイアした現在、自由な時間を楽しみつつも、地球の未来に胸騒ぎを感じています。

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古希を迎えブログを始めています。
心と体の健康維持のため。
日課のウオーキングで撮った写真を多く使う積もりです。
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岐阜市の鵜飼開き・我が町内が賑わう


 先週の5月11日、今シーズンの長良川鵜飼が始まりました。 この船の乗場が我が
町内にあり、地元の自治会長として、岐阜市から ご招待を受け、出席しました。

長良川の鵜飼は1300年以上も続く伝統の漁。 6人の鵜匠が 宮内庁式部職の世襲
を許されているのは有名ですが、現在は名誉職のようになっており、実際は岐阜市
から給与を受けているお役人なのです。

 鵜飼は1952年から岐阜市が運営する観光事業なのです。 地元に住む私たちは
多少なりとも協力しなければなりません。 という訳で 当日の様子をブログUPして 及ば
ずながら宣伝の一翼を担わせていただきます。

うかい 002
長良橋際にある鵜飼船乗場事務所の周りで出船を待つ人々。

うかい 015
川面には鵜飼船が並んでいます。 この日の客数は1079人。 前年比5,8%増。

うかい 041
地元の子供たちの歓迎太鼓の演奏もありました。

うかい 027
出船前には鵜匠による鵜飼の説明が行われます。

うかい 047
揃いの袢纏を着た団体さんが、隣の船に乗っていました。

うかい 152
舟の中で身動きがとれぬ上、当日は強風で揺れが激しく、
肝心の鵜飼の画像は この程度が精一杯でした。



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ウォーキング   5月14日   9,300歩







テーマ:祭り/イベント - ジャンル:写真


奥美濃に伝わる勇壮華麗な・谷汲踊り・


 一昨日 私が住んでいる岐阜市から 車で40分ほど北西の谷汲山華厳寺で有名な
谷汲踊りが行われると TV報道で知り、見物に出かけました。

このお寺は、ブログにも数回登場させましたが、西国三十三番満願霊場として知られ、
1200年もの歴史を誇る奥美濃の名刹です。 この土地に谷汲見踊りが伝わっている
のです。

 ”谷汲踊り”は壇ノ浦の戦い(1185年) で勝利した源氏の武将が、凱旋の時に踊
ったものが 今に伝えられている (ゆえに鎌倉踊りとも言われる) 由緒ある民俗芸能
なのです。
 昭和33年 岐阜県重要無形文化財第一号に指定され、この伝統を、谷汲踊り保存
会が受け継ぎ、学校でも子供たちに教えているそうで、その努力には、頭が下がりま
す。 2月18日の 豊年祈年祭、4月上旬の さくら祭、11月上旬の もみじ祭でこの踊り
が奉納されているそうです。

谷汲踊 109
谷汲山華厳寺の仁王門前。 これから谷汲踊りが始まります。

谷汲踊 056
12人が一組で踊るそうです。 この日は8人にみえましたが。

谷汲踊 023
大太鼓、鉦鼓、法螺貝、筒、拍子木、唄、おはやし の18名が、踊を盛り上げます。

谷汲踊 183
しない” という高さ4mの扇状のものを 背負い 踊ります。 重さは約40kgとか。

谷汲踊 051
胸には 直径70cmほどの大太鼓を抱き、打ち叩きながらの踊りです。 強靭な
体力が必要。 太鼓には源氏の象徴、笹りんどうの家紋が付いています。

谷汲踊 093
寺の参詣道を進む 谷汲踊りの一行。 さすが900年近く続いてきた郷土芸能。 唄と
おはやしは鄙びた調べ。 豪快、華麗な踊りとのマッチングが とても印象的でした。



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ウォーキング   2月18日 11,600歩  19日 7,100歩







テーマ:心に残る風景 - ジャンル:写真